赤ちゃんの死は、母親とその家族にとって衝撃的で孤立した出来事のひとつですが、死産についてオープンで率直な会話がされることはほとんどなく、また死産や死産後のケアについても明確なガイダンスはありません。オーストラリアの文化的・言語的に多様(Culturally and Linguistically Diverse・CALD)なコミュニティにとって、この問題はさらに深刻です。
キーポイント
- オーストラリアでは、毎日6人の赤ちゃんが死産し、2人の赤ちゃんが生後28日以内に亡くなっている
- National Stillbirth Action and Implementational Plan (2020) では、死産の予防とケアについて、文化的・言語的に適切な対応が必要であるとしている
- オーストラリア政府は今年初めて、10月15日の「International Pregnancy and Infant Loss Remembrance Day」を正式に認知
2020年に初めて発表された「National Stillbirth Action and Implementation Plan」では、死産の予防だけでなく、死産後のケアにおいても文化的感受性が求められると記されており、CALDコミュニティに焦点が当てられたこれらの問題について、取り組みが始まりました。
22年前に娘のキャロラインちゃんを死産した労働党上院議員のクリスティーナ・ケニーリー氏は、死産への取り組みにおいて、文化的な配慮が何よりも重要だと語ります。
「文化が違えば、死に対する考え方も、死産に対する考え方も違います。ですから、自分の国の言葉で、文化的に適切な方法でサポートを受けることができるということは、精神的にも肉体的にも回復するための絶対的な基盤となるのです」とケニーリー上院議員はSBS日本語放送に語りました。
このアクションプランの調査に立ち会っていたケニーリー氏は、死産の予防やグリーフケアにおいて、遠隔地域に暮らす女性、アボリジニ並びにトレス海峡諸島民、そして移民またはCALD背景を持つ女性の3つのグループが、適切な対応を得ていなかったことに衝撃を受けたと話します。

Labor Senator Kristina Keneally, an advocate for stillbirth support, has shared her own experience of loss Source: AAP Image
自身の経験に重ね合わせたケニーリー氏は、「(自分の言語や文化に適した)リソースへのアクセスがなければ、回復することがどれほど難しいか想像できない」と言います。
文化的感受性の必要性
ジョレナさんは妊娠20週目で、アレキサンダー君と名付けた赤ちゃんに「心拍がない」という知らせを受けました。
初めての子供であるアレキサンダー君を失ったショックと痛みは、ジョレナさんの家族の対応によってさらに複雑なものとなりました。
「家族はアレキサンダーのことを話したがらず、黙っていました。『なるべくしてなった』『多くの人が経験してる』、『乗り越えなさい』などと言われました」
「まるで私の反応が恥ずかしいものであるかのように、(死産を)隠されました」
27週でアヤちゃんを失ったファティマさんも、ジョレナさんと同様、死産について「語られなかった」と言います。

Jolena's first child, Alexander, was stillborn Source: Jolena Lallo
「まるで、赤ちゃんが死んでしまうという可能性について、考えたくもないようでした」
またムスリム系オーストラリア人であるファティマさんはアヤちゃんに敬意を示す「正しい方法」についても大変混乱したと語ります。
彼女はアヤちゃんと数日間過ごすために、カドル・コット(保冷ゆりかご)を病院からオファーされたと言いますが、早急に埋葬することで死を敬う彼女の信仰では、「カドル・コットを提案すること自体が多くの人の議論を引き起こす可能性がある」と言います。
「そのときに正しいと思ったことを実行した」と、数日間アヤちゃんとの思い出づくりをしたファティマさんですが、彼女の中では期待されることと、自分が望むことが異なり、葛藤したと振り返ります。
ウェストミード・チルドレンズ・ホスピタルのグレース新生児集中治療センター(NICU)の共同責任者で、アラビア語を話すナディア・バダウィ教授は、このような文化の違いを目の当たりにすることは少なくないと言います。
アラブ系の家族の中には、亡くなった赤ちゃんと一緒に過ごすことを嫌がったり、死後24時間以内の埋葬を希望する人もおり、スタッフの中には理解に苦しむ人もいると言います。写真や手形・足形をとったり、髪の毛を切ったりして、亡くなった赤ちゃんとの思い出を作ることは、「正しい」として推奨されることが多いのですが、「これが必ずしも歓迎されるとは限ならい」とバダウィ教授は言います。
「私たちは、それぞれの家族が違うことを受け入れなければなりません」
バダウィ教授の職場は、以前よりもスタッフが民族的にも宗教的にも多様化し、文化的な配慮をするようになったと言いますが、以前は「家族の意向に反して行われる」こともあったと述べます。
「もっと注意を払う必要があります」、「文化的に配慮された、押しつけではない、さまざまな選択肢を提供するシステムが必要」と彼女は語ります。

Support for bereaved families needs to be “culturally sensitive and not imposing” Source: Getty Images/PeopleImages
ファティマさんは、アヤちゃんの死をどのように悼みたいか、病院と相談することに打ちのめされたと振り返ります。
「私は数時間前に出産したばかりなのに、すでに葬儀屋や埋葬方法を調べていました...。それが私たちの信仰と文化を反映するものにしたかったからです。すべて書き出されていれば、他の人に任せることができたはずです」
サポートの輪を作る
レッドノーズ・オーストラリアのCEOであるケレン・ルドスキー氏によると、同組織では、連邦政府から資金提供を受けて「ホスピタル・トゥ・ホーム」と呼ばれるプログラムを実施し、子供を亡くしたばかりの家族を支援しています。
このプログラムでは、喪失体験を持つケアラーが、葬儀の準備や職場への連絡などの作業をサポートをしており、通訳サービスやコミュニティのサービスと組み合わせることで、家族が安心して悲しむことができる環境を整えます。
「『あなたが感じていることは普通のことなんだよ』と誰かに言ってもらうだけでも、心が軽くなるんです」とルドスキー氏は語ります。
自分の言葉や文化を理解してくれる人や、死産経験者を見つけることが、サポートの輪を広げる鍵になるかもしれません。
カナダで第一子となる伸之助君を死産した有加さんは、医療システムをほとんど知らない国での突然の死産がいかに困難なものかをよく知っています。彼女は仕事でカナダに滞在中、死産を経験されました。
「精神的に辛すぎて、医療通訳を依頼した」という有加さんは、その通訳者が偶然にも死産経験者であったことに救われたと振り返ります。

Yuka's first child, Shinosuke, was stillborn Source: Kimiko Mikuni
考える余裕もなく、手続きやお金のことなど、そのすべてを通訳者に任せました。「その方がいなければ大変だったと思います」
退院後、何度かカウンセリングを受けた有加さんですが、伝えたい思いが伝わらず、その後連絡をしなくなったと言います。
「感情的になったところで、母語で話せないのは辛い。言いたいことが言えなかった」
「当時英語ができなかった夫はサポートを受けることもできず、苦しかったと思います」と語る有加さん。
「彼にとってはトラウマの出来事のようで、自分から話すことはありません。彼は、長いこと友人の赤ちゃんを抱くことさえも避けていました。少しでもサポートを受けていたら、違う想いでいれたかもしれません」
普段は「花」と「人間」を配合した新たなアート「Hananingen」の代表として、輝かしい世界で活躍する有加さんからは、想像することができない辛い過去。しかし、「どんな言葉も辛かった」「暗い話になってしまう」と、この経験は封印していました。
しかし「同じ経験をした方の想いに触れ、少しでも助けになることができるのならば、私の経験にも意味があったのか」と、今回取材に応じてくれました。「それは、過去を乗り越えるきっかけのひとつかもしれません」
International Pregnancy and Infant Loss Remembrance Day
オーストラリア政府は今年初めて、10月15日の「 International Pregnancy and Infant Loss Remembrance Day」を正式に認知し、死産に対する理解や対応は、少しずつ前進しています。
「死産を経験したいち母親としてだけではなく、私が長年にわたり話してきた何千人もの親たちにとって、これは大変喜ばしいことでした」とケニーリー上院議員は述べています。
「流産であれ、死産であれ、新生児の死亡であれ、その喪失感は心に一生残るものです。それが子供を失った母親のアイデンティティーであり、歴史、記憶、そして心に抱く愛の一部なのです。人々がこれまで話すことを避けてきた死産が、認められるのは大きな意味を持ちます」
火木土の夜10時はおやすみ前にSBSの日本語ラジオ!