ノーレア・サレヒ博士はゆっくりと椅子に座っているようなことは決してありません。
アフガニスタンでの厳しい生活を逃れ移住しましたが、メルボルンで選んだ生活も安易なものでもありませんでした。
「生まれてからずっと普通にしていてもとても活動的だったと思います。今までずっとこんな感じでしたが、多分少なくてもあと10年はこういう生活をしていければいいなと思っています。」
平日は核物理学者、夜はレストラン経営者、そして人権活動家でもあります。
サレヒ博士は2019年にオーストラリア勲章を受章する1,127人の1人です。
オーストラリアに到着した時、新天地となったこの国に貢献することを決めました。ガンを発見し治療するための放射性同位元素の研究は今日も沢山の患者の役に立っています。
しかし、アフガニスタンにいる人々の窮状はいつも頭の中にありました。そしてプロとしての料理経験も無いまま、自分のレストランを始め、アフガニスタン人家族をスポンサーして、共同で教育プロジェクトの資金集めの活動をしました。
「素晴らしいことでした。もちろんとっても疲れて、両手にはニンニクと玉ねぎのにおいが付くし、しかし、結果的には他の人たちのために出来てとても嬉しかったです。」
他の人たちのためになりたいという考え方は受章者の多くに共通しています。
デビッド・チョング博士は受章にとても驚き、はじめはイタズラか冗談だと思っていました。
しかし、チョング博士のコミュニティーへの貢献は笑いごとではありません。
アクロバットを出し物にしてあちこち興行する中国人大道芸人の息子としてシドニーで生まれたチョング博士は人生のほとんどをブラジルで過ごし、そこの中東のお菓子屋さんで働きました。
異文化で育ったチョング博士は文化の壁をのりこえることが出来る受け入れる心理の重要性に気がつきます。
「普通じゃない経歴が自分の生活の一部です、そして心理学を学んだことは本当に大きなドアを開けてくれた様なものでした。」
受章者のリストには芸術への貢献として、カイリー・ミノーグの名前もあがっています。
そして、オーストラリアで最も知られている役者でコメディアンのマグダ・スバンスキーも結婚平等キャンペーンへの貢献が認められ受章しています。
「まず頭に浮かんだのが、両親がここに居てくれたらよかったのに、ということです。残念なことですが、ここにはいないのです。でもこの国に来た移民として、イエイーここになじんでるわよね。」
多くの人々にとって勲章は何年も従事し、独自のやり方で貢献したことに対するクライマックスです。
しかし、皆に共通しているのは、コミュニティーに自分の全力を尽くして貢献するという決意です。
