「日本語が話せるからといって日本語を教えることができるわけではない」 メルボルンで日本語学校ジャパニージーを経営する藤田三奈子さんは、過去を振り返りこう語ります。
幼いころから学校が好きで、教師になる夢を持っていた藤田さん。1999年にワーキングホリデービザでオーストラリアを訪れた時、日本語教師という仕事について知りました。地元の小・中学校で日本語ボランティアアシスタントとして仕事をするなか、ある時生徒からの質問に答えられない自分に気付いたそうです。
その後日本へ一旦帰国。日本語教師になるためのコースを受講して猛勉強し、日本の語学学校でキャリアを積みました。
藤田さんは、日本語教師という仕事のやりがいについて、次のように語ります。
「日本語がゼロだった生徒が、挨拶ができるようになった、自己紹介ができるようになった、買い物の会話ができるようになった、敬語が使えるようになった、そのプロセスを見るのがとても楽しいです。」
日本語学校について、日本語教師というキャリアについて、そして日本語を勉強する人に向けたアドバイスについて、お話を伺いました。
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