「国会への先住民の声」めぐる国民投票、浮かび上がる日豪の歴史とコミュニティーの多様性

「先住民の視点」は一つではない――。10月14日の国民投票(レファランダム)で票が投じられる前に、日本のヘリテージを持つ先住民の歴史を一部振り返り、先住民の持つ多様性に目を向けます。

Japanese civilian internees at Tatura (Photo courtesy of the Australian War Memorial)

Japanese civilian internees at Tatura (Photo courtesy of the Australian War Memorial) Credit: Australian War Memorial

Key Points
  • オーストラリアで10月14日に国民投票が実施されます
  • 日本のヘリテージを持つ先住民の意見の中から、「Yes」を支持する声を一部紹介します
  • 日系移民コミュニティーからは、国民投票を行うのは時期尚早であるとして「No」を支持する声も聞かれます
記事で紹介されている意見は発言者個人のものであり、必ずしもSBSの視点を反映したものではありません。

東京外国語大学で教鞭をとる、文化人類学が専門の山内百合子准教授。2000年初めにシドニーで、都市に住む先住民を研究しました。

「日本で知られている先住民のイメージは、当時はやはり、絵葉書に出てくるようなエキゾチックなものばかりだったわけです。やっぱりちょっとそれはおかしいなと」。
Yuriko Yamanouchi
Dr Yuriko Yamanouchi, Associate Professor at the Tokyo University of Foreign Studies, at Broome horse race in 2014. Credit: Yuriko Yamanouchi
山内さんはシドニー大学で博士号を取得。その研究期間(2002年ー2008年)での調査活動はシドニー南西部で行いました。その地域で知り合った先住民からは、日本人との交流はほとんどないと言われました。

「調査をした地域では日本人が珍しくて…ほかのベトナミーズ、コリアン、チャイニーズとは知り合いになるけど、日本人とはならないと(聞きました)」

その時にトレス海峡諸島民の女性から、オーストラリア北部では昔日本人が多く来て先住民と交流があったことを聞いた山内さん。

「次の調査はそこに行こうと思いました」

山内さんはその後、西オーストラリア州ブルームを訪れ、日本人とのミックスの先住民についての調査を始めました。ブルームはキンバリーへの玄関口となる場所で、さまざまな文化が混じり合う町でもあります。

山内さんは最近では今年8月にブルームを訪問。日本のヘリテージを持つ先住民と情報交換しました。

「ヴォイス(国会への先住民の声)のことは話題に上っていました。先住民の中でヴォイスが何かを分かっていない人が多くいることを心配している人もいました」。

文化が混じり合うブルーム

ブルーム(Broome)が町として正式に設置されたのは1883年、真珠採取業が盛んな折で、国内外から労働者が集まっていました。
Shinju Matsuri Broome Western Australia
Floating lantern matsuri, one of the major events of Shinju Matsuri, Broome 28th August 2021 Credit: Dylan Alcock
現在でもブルームは、その豊かな文化の歴史を反映し、日本、インドネシア、マレー半島、中国、フィリピン、インドネシア、欧州、そして先住民の文化が入り交じる多文化社会を形成しています。

1970年から毎年行われているブルームの「Shinju Matsuri(真珠祭り)」は、日本と中国の文化行事、そしてマレーシアの独立記念日がその土台となっています。

ダーウィンが持つ多様性を誇らしく思う人の1人に、先住民Bardの女性Maxine Chiさんがいます。Chiさんは、日本、中国、スコットランドのヘリテージを持ちます。
Maxine Chi
A Broome resident Maxine Chi Credit: Maxine Chi
ChiさんはブルームのBardi Jawi地域の伝統的な土地の保有者でもあります。Chiさんは14日の国民投票で、「国会への先住民の声」の設置を認める「Yes」を支持しています。

「法律の下で、オーストラリア各地の先住民を代表するための組織が設立されています。(中略)ですが、(連邦)政府は法律を改正したり、法律を廃止したりすることで、これらの組織をなくしてしまうこともできます」
(廃止されない)恒久的なヴォイスが必要だということです....。一言で言えばこれだけです。人々は必要以上に深読みしていると思います
Maxine Chi
9月27日から10月1日にかけて行われた世論調査、全国エッセンシャル調査では、「No」が49%と、「Yes」の43%を上回っています。

自由党のピーター・ダットン代表とジャシンタ・ナンピジンパ・プライス上院議員は今月パースで、「No」キャンペーンを展開しました。プライス議員は、先住民のヴォイスを設置することは、オーストラリアに人種的な「区別」をもたらし、不和を生じさせる恐れがあると主張しています。

Enemy alien(敵国人)

オーストラリアと日本は第二次世界大戦で戦いました。Chiさんは、日本のヘリテージを持つことは彼女の家族を含め、多くの人の生活を厳しいものにしたと語ります。

1942年には、ダーウィンとブルームが日本の戦闘機による攻撃を受けました。オーストラリア本土が攻撃を受けたのは初めてのことでした。
Chiさんの父親は、日本と中国のバックグランドを持つ、オーストラリア生まれのオーストラリア市民でしたが、ブルームで他の日本にゆかりのある人たちとともに警察署に集められ、オーストラリア東部州の収容所へと送られました。

彼らは国籍や出生地に関わらず一様に「エナミー・エイリアン(敵国人)」と見なされました。

「(父は)ブルームに戻りました。でもブルームの港でブーイングされ、一度も訪れたことのない日本に戻れと言われました…一連のプロセスで父は犯罪者として扱われました。父は生活を建て直しましたが、傷は残りました」

Chiさんは父親が収容所から戻ってきた後に生まれ、父親から当時の話を聞きながら育ちました。

「子どもの頃はストーリーとして聞いていましたが…年を重ねるにつれてリアルに感じるようになりました」

「私が知っているのはただ、自分の家族がマルチレイシャル(多民族)家族であるということ。ブルームですべての異なる国籍の人々を尊重しながら育ったのです」。
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Maxine Chi (centre) with two friends in Broome, WA Credit: Maxine Chi

ブルームのMatsumoto一家

Philip Matsumotoさんは、生まれも育ちもブルーム、Walman Yawuru Clanの伝統的なエルダーです。ブルームシャイアの自治体議員を30年近く務めています。
Philip Matsumoto
Philip Matsumoto, Councillor - Dampier Ward, Shire of Broome, WA Credit: Shire of Broome
Matsumotoさんの父親、日本人のKakioさんは真珠貝ダイバーとしてブルームに来て、後にMatsumotoさんの母親となる先住民のMary Ellenor (Lena) Corpusさんと出会いました。そして1950年代には、Matsumoto一家はブルームで雑貨店「Matsuo’s General Store」を開業しました。

Matsumotoさんが初めて日本を訪れたのは、2019年。父親の家族に会うためです。父親の弟が父親に宛てて書いた古い手紙を自宅で発見し、父親の家族をたどることができました。

「とてもエモーショナルでした。彼らに会ったこともなければ、話したこともありませんでした。(日本の家族は)私たちと話したいと思わないかもしれないと考えましたが、私たちを自分たちの家族のように心から歓迎してくれました。2024年には再度訪問したいと考えています」。

Matsumotoさんの父親が収容所に送られるとき、幼かったMatsumotoさんを含む家族は同行を許されました。収容されたのはビクトリア州タトゥーラの施設でした。その後、Matsumotoさんの父親は捕虜と見なされ、家族と引き離されてニューサウスウェールズ州の収容所に送られました。

「父は尋問され、母も尋問されました。母はひどく心を病んでしまいました」

Matsumotoさんを含む子どもたちは両親から離され、ティウィ諸島にあるクリスチャン・ミッションの施設に送られました。そこで家族から引き離された「盗まれた世代(Stolen Generation)」の子どもたちと過ごしました。
(戦時中に日本軍がしたことについて)人々が話しているとき、非常に気まずく感じます…全員を同じバスケットに入れてしまうのが、オーストラリアの見方です。それが私の気持ちです。今でもそうです
Philip Matsumoto
「日本人はどういう人たちなのか、ブルームのコミュニティーとは何なのかを皆が理解しているわけではありません。ブルームは、まさに本当の多文化コミュニティーだからです」。
Tomoko Irlean Matsumoto's mother was Aboriginal and she and her siblings were sent to a Christian mission.
Tomoko Irlean Matsumoto's mother was Aboriginal and she and her siblings were sent to a Christian mission. Credit: From Tomoko Irlean Matsumoto
Matsumotoさんは、14日の国民投票が終わった後も、成すべき仕事は多くあると考えています。

「私たちが経験したこと、私の家族だけでなく、先住民、トレス海峡諸島民…すべての違う政策や法律の数々…ヴォイスはこれらを克服できる何かだと私は考えています」

「結果が『Yes』であれば、祝いの場となるでしょう。それでも(ヴォイスを設置するには)すべきことがたくさんあります…現時点で状況はあまり良くありません。『十分な情報がないままに(Yes)票を投じてはいけない』と主張する人がいるからです」

Matsumotoさんはまた、自分の家族とブルームとの関わりが、オーストラリアで日本人に対する良い認識にもつながったことに誇りを持っています。

「Matsuo’s General Store」はその後売却され、高い評価を受けるビール醸造所とレストランへと姿を変えました。「Matso’s Broome Brewery」で製造されたビールはオーストラリア各地で販売されています。

「私は醸造所のオーナーではありませんが、これは私の名前です」。
Matsuo's Broome Brewery
Matsuo's Broome Brewery now and then. Credit: Matso's Broome brewery

「急いで行うべきでない」

鈴木幸一(仮名)さんは約20年前に来豪。社会科学の分野で学問を深め、キャンベラにある大学で先住民研究の博士号を取得しました。

鈴木さんは、何に投票するのかを多くの人がまだ十分に理解していないままだとして、国民投票を実施するのは時期尚早だと考えています。

鈴木さんはまた「Yes」派の人たちについて、設置を求めている「ヴォイス」がどういうものかをもっと早い時期に説明できたはずだと指摘します。

「『心からのウルル声明』が発表されたのは2017年、6年前です。説明する時間はありました。憲法で先住民を明記することには賛成ですが、現状は内容が(ヴォイスと)混ざってしまっています。多くの人がヴォイスが何かを知らないままに、国民投票が発表されました」
これは国民投票です。急いで行われるべきものではありません
鈴木幸一(仮名)
「妻も『No』派です。彼女は職場に先住民の同僚がいますが、(先住民として)どれほどのサポートを受けているのかを知っています。ヴォイスで恩恵を受ける人がいるのは分かりますが、特別な対応を受けすぎている人もいます」

「『ヴォイス』という国会への先住民の諮問機関を設置することについては、悪い考えではないと思うときがあります。しかし(良い考えであるならば)なぜ皆がそのことを知らないのでしょうか」。
鈴木さんは仮名を使うことを条件に取材に応じました。その理由として、現在の状況では、「No」支持者は、強く反論されるという懸念を持つことなしに、オープンに自分の意見を話すことができないことを挙げています。

「変化を起こすのであれば、一般の理解を得ることが重要です。話し合いが必要です。(現在の問題や過去に起きたことに対して)お互いに非難し合うよりも」。

続く苦難

Mariko Smith博士はシドニーのオーストラリア博物館で働いています。
Dr. Mariko Smith
Dr. Mariko Smith - Assistant Curator First Nations at the Australian Museum Credit: Australian Museum
Smith博士はYuinの女性で、母親が日本人です。

「日本人と先住民のヘリテージがあると知ると、私がオーストラリア北西部の出身だと考える人もいます…ですが私の両親が出会ったのは九州のコーヒーショップです。父は日本各地を旅していました」

シドニーで生まれたSmith博士。日本人と先住民のヘリテージを持っていることを誇りに思っています。

Smith博士は、親の1人が海外生まれという移民2世でもあることについて、現代のオーストラリアの多文化主義が一体どのようなものであるかを洞察できる機会が与えられたといいます。

「何世代にもわたるファースト・ネーションズの人たちを通して、土地に帰属する(belong)するとはどういうことかという視点を得ることができました。同時に、移民としての生活がどのようなものかも知ることができました」

Smith博士は多くの差別も経験しました。
Dr Mariko Smith
Dr Mariko Smith, Australian Mueum Credit: Anna Kucera/Anna Kucera
「外見がアジア人であることで、人種差別的な発言が多く自分に向けられました。また自分は先住民でもあると言うと、理解されませんでした」

第二次世界大戦でオーストラリアと日本が戦ったことも、依然として影を落としています。

「母は今でも、アンザックデーに外出することを好みません。私も(Marikoという)日本の名前を持っていることで不安を感じることもあります」

固定観念から意識して離れる

10月14日の国民投票を前にSmith博士は、有権者が自分の投じる票について、それがすべてのオーストラリア人にとってどのような意味を持つのかを考えてみてほしいと思っています。それは先住民とトレス海峡諸島民が行ってきた土地の管理とケアに対してアクノリッジメント(承認)し、敬意を表して称えることだと言います。

「私たちは皆、異なるバックグランドを持ち、違う場所からやって来ましたが、合意できることがあります。それは、ここに最初に来たのが先住民とトレス海峡諸島民だということです。彼らがファースト・ピープルズであり、ファースト・ネーションズです」

「(これを認めることは)それ以外のオーストラリア人が『二級国民』であるということではありません」
移民のバックグランドを持つ人を含めて、オーストラリアで先住民ではない多くの人は、これまでに自分が一人または十分な数の先住民と会ったり知り合っているとは思わないかもしれません。自分たちの考えがネガティブな固定観念に基づいたものかもしれません。私のことを『先住民』として見ないかもしれません。
Dr Mariko Smith
「だからこそ、画一的な固定観念だけに頼るのではなく、多様性を意識して、多くの異なる先住民の視点や経験を取り込んでいくことが重要になると思います」。

文化のはざまで

日本の研究者・林靖典(はやし・やすのり)さんは、先住民の伝統楽器ディジュリドゥを学ぶ目的で来豪。伝統奏法を理解するには舌の使い方など、先住民の言葉を学ぶ必要があるとアドバイスを受けました。

ヨルング語を20年学び、10年前からはチャールズ・ダーウィン大学で教えています。
Yasunori Hayashi
Yasunori Hayashi is a lecturer in Indigenous Knowledges (Yolngu Studies) at Charles Darwin University. Mr Hayashi is also co-director of the First Nations Sovereignty & Diplomacy Centre at the university. The Image was taken in April 2017. Credit: Yasunori Hayashi
林さんはチャールズ・ダーウィン大学で、ヨルング語などを教える傍ら、大学内に設置された先住民外交センター(First Nations Sovereignty and Diplomacy Centre)の共同所長を務めています。

この先住民外交センターは、先住民のエルダーと先住民でない研究者が協力し、大学や研究施設などで一般的な、哲学や言語学、民俗学、文化人類学のような西洋の伝統的な学問の枠組みの中で、どうやって先住民の伝統や知識をよりふさわしい形で伝えていくのかを考え、実践していく場所です。

「2つの文化的な伝統知識、先住民と先住民でないもの、オーストラリアでは西洋文化になりますが、(時折)ぶつかる場所です…私のような日本、外部から来た人間が...2つの伝統知識がぶつかり、せめぎ合うところの間を、マッサージすると言いますか…可能性を見いだすことができるのではないか(と思っています)」

林さんに投票権はありませんが、ダーウィンの地で、14日の国民投票の行く方を注意深く見守っています。

林さんによると、先住民の同僚からは、結果に関わらず、国民投票が行われるということ自体に価値を見いだす声も聞かれるといいます。

「(結果が)『No』に傾いた場合、それは今のオーストラリアの状況として(受け止めて)いいのだということになるのではないか、と」。


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Published

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By Junko Hirabayashi
Source: SBS

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