メルボルンのホテルとの契約は2年間のはずでした。今年3月には結婚50年を迎えます。

鳴嶋保代さんがメルボルンに来た1970年は、オーストラリアで白豪主義政策が正式に撤廃される前でした。日本食も今のようにはありません。当時のメルボルンはどのような感じだったのでしょうか。
契約終了後は帰国するはずだった鳴嶋さんは、メルボルンで現在の夫である日本人ビジネスマンに出会い、結婚。結婚後は仕事を辞めて、4人の子どもを育てました。
そして一番下の子どもが小学校1年生になったとき、生活の拠点だったニューサウスウェールズ州バサーストの私立学校で、日本語教師として再就職することになります。43歳のときでした。
2007年に教師を退職し、現在はバサーストとシドニーを行き来する生活をしています。今年は書道、着物の着付け、着物での所作などの勉強を続けていきたいそうです。
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