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Turned away at every door: The 17 year journey of Nikumaki Onigiri

Credit: Shoji Umemura
Gold Coast resident Shoji Umemura began selling Miyazaki Prefecture’s specialty, nikumaki onigiri, from his handmade trailer before food truck culture had taken hold in Australia. Leaving behind a stable salaried job at 34, Shoji took a leap of faith, sharing his passion for a dish that no one had seen, heard of, or tasted.
SBS
お聞きの放送はSBSラジオの日本語放送です。フードの移動販売を行う
フードトラック。オーストラリアではマーケットやフェスティバルなど様々なイベントで今
や欠かせない存在で。2008年頃から各地で見られるようにな、2015
年頃には大きなブームになりました。今ではオーストラリアのカルチャーを
語る上で外せない存在です。ゴールドコースト在住の梅村昇志さんは、その
初期にあたる2008年から、フードトラックで宮崎のご当地グルメ、肉巻き
おにぎりを売り続けてきました。今年で17年目。今や地元に根付き、
世代を超えて毎週通う常連客もいます。しかし始めた当初、オーストラリア
で肉巻きおにぎりを知る人は、ほとんどいなかったといいます。前職は
サラリーマン。何がきっかけでフードトラックにチャレンジすることになったの
でしょうか。
梅村さん
オーストラリアでサラリーマンをやっていて、ゴールドコーストで働いている中でシドニーの転勤
を命じられたんです。僕どうしてもゴールドコーストから離れたくなくて
参ったなぁどうしようかなと思ったのが34歳でした。その時に実は
昔ワークイングホリディで、すごい仲良い友達がいて、その友達が宮崎の
肉巻焼きおにぎりの専門店、肉巻本店の店長だったんですよ。で結構
前から、昇志、オーストラリアで肉巻やったら絶対面白いよって言われてて、でも
全然興味なかったです。全然興味なかったんですけど、でもそういうきっかけ
もあって、なんか自分のアイデンティティっていうか、なんかやりたいって思っ
て。その時にやっぱ誰もやってないことやりたかったし、ちょうどその当時
2008年の当時ってお寿司がちょっとずつ、こうなんとなく浸透し始めて
お米を食べる習慣を少し根付かせようっていう動きがちょっとあったので
豚肉もあるし。実は豚肉もいるんですけど、豚肉もあるし、お米もあるし
まあ問題ねえだろって、すごい安易に考えて。じゃあ「辞める」。会社に辞めるって
言って俺やるって言って、で奥さんにそれを言って「えー」みたいになり
ながら12年間ステイしたオーストラリアを引き払って、全部荷物とストレージ預け
て僕2年日本に修行に行って。
大庭
34歳での大きな決断。調理場の経験がほとんど
なかった梅村さん。肉巻きおにぎりの修行をする前に、まずは調理場で
の経験が必要と考え、日本の至るレストランに問い合わせました。しかし
ほとんど相手にしてもらえませんでした。そこで唯一話を受け入れてくれ
たのがイタリアンレストランでした。
梅村さん
1年間限定なんですけど、雇ってもらえないか。もし雇ってくれるなら、僕
絶対1日も休まない。そうしたら、僕も昭和の人間なんで、そんなこと
言う人珍しいんじゃないですか。面白いこと言うじゃないか。
あっという間に雇ってくれて。その次の週から、雇ってくれるようになっ
て。で1年間本当に休まず頑張って、すごい色々教え
てくれて。ただ僕当時34歳で、そんなこと言っていいかわかんないけど
26、26歳とか27歳ぐらいのやっぱ調理場にいるわけです。本当に
すんごいいじめられて。調理場のそのやっぱ暗黙のルールというか先輩後輩
ってやっぱあるんですよね。僕も10歳以上年上なんで、でも何
でも覚えなきゃならない。まあそれで1年やって。
大庭
過酷な調理現場での修行。そして肉巻おにぎり専門店での修行を経て2年後
オーストラリアに戻ってきました。しかし実際にフードトラックをオープン
するまでにはそこからさらに1年様々なドラマがありました。
梅村さん
さっき申し上げてみたいに、豚肉もあるし米もあるから問題ないと
思ったら、全然とんでもない。結局肉の仕入れが決まらなくて1年間できなくて。
僕の肉巻き焼きおにぎりって、実は豚1匹から40個しか作れない
部位しか使ってない。昔から今まで。すごい希少な部分しか使ってない
んですよ。で、その部位っていうのはこの国、このオーストラリアではその
部位を取ること自体はスタンダードがないからどの肉屋さんも知らないん
です。その取り方をなんで、教えなきゃならないんですよ。で、豚のもも肉
を使ってるんですけど豚のもも肉ってイメージで自分で感じていただける
と、だいたいこっちは上下にぶった切ってスーパーで売られるとか、外と内側で
切られて売られるかという感じなんですよね。でも僕はその真ん中の
一番太い部分しか使いたくないから、半分に割らなきゃならない。割って売ら
れているものを3等分にしなきゃならない。そうすると上下が余って
しまうから、その上下はどうしてもミンチにするしかなくて。それを説明
するんですけど、お肉屋さんはそのどこのどいつの何かわからないやつが
いきなり現れて豚肉に対して、あーじゃない、こうじゃない、抜かしやがって
みたいな感じになってたと思うんですよ。僕ももし肉屋さんだったら
そう思うと思うし。だから結構門前払い、話も聞いてくれない。でも
いやまいったなぁと思って。全然話聞いてくれなかった。。
大庭
その後、オーストラリアンポークという業界団体に紹介されようやく受け入れてくれる
工場を見つけます。そして次に立ちはだかったのが肉の薄切りでした。
梅村さん
17年前、スライスの文化は全然浸透してないです。僕たちは
日本人だから当たり前にあるんですけど、このオーストラリアではスライスの
文化は全然ないから。まいったな。で考えて、スライスする文化は日本人。韓国人、
チャイニーズ、まあ中国人、そしてベトナム人。この4つだと思ってます。韓国
のお肉屋さんに持ち込みでスライスだけして欲しいと話をしても
門前払い。「何いってるのおまえ」みたいな感じで。チャイニーズのお肉屋さんもいっぱいあっ たん
ですけど、頭からつま先まで食べる人種だし、スライスも鍋とかだったはずだ
からと思ったんですけど、ほとんどスライスはなくて。していない。でベトナム
のお肉屋さんというのもほとんどなくて。日本人の肉屋さんでゴールド
コースト1軒しかなかったんで、最終的にはそこにお願いすることになる
んですけど、今でも実はその塊の肉は一旦仕入れて、スライスでまた渡
て、また帰ってくるっていう。
大庭
そして次に続いたチャレンジはフードトラックそのものでした。当時はフード
トラックビジネスがようやく登場し始めた時期。関連する法律やカウンシルの
規制もまだ整っていませんでした。
梅村さん
出来上がってからシティカウンセルから許可が降りなかったら意味がないので
シティカウンセルに図面を書いたものと、何を売るかというのを全部文章
で書いて、それを提出したんですけど。結論言うとそのシティカウンセルの
担当者の人も結構クエッションマークで。分かんない、そんなの。そんなこと言わ
れたことがないから。でも「見た目に大丈夫そうだからいいんじゃない…」
みたいな、まあちょっとオーストラリアチックなんですけど、でも
「プリアプルーバル!」みたいな感じ。ハンコ押してもらって。そっから作り始めました。
大庭
日本では設計師として働いていた梅村さんは自ら
図面を手に、あらゆる工場の門を叩きます。しかし肉の工場やスライス工場
を探した時と同様に、ここでも待っていたのは門前払いでした。
梅村さん
1ヵ月とか2ヵ月とか、たぶんグルグル回ったんですけど、
地元で飛行機の羽とか飛行機のボディとかをつけるパネル、シートパネル
屋さんって言うんですけど、そういうところの会社にノックノックして話
をしたら、そこの社長さんが「お前も一緒に手伝ってやってくれるんだっ
たら作ってやっていいっ」てことになったんで、「是非是非」って言って、そこからその次
の日からも弁当を持って毎日そこに出勤しました。で3ヶ月かけて作りました。
大庭
現在も同じトレーラーを使用されているんですよね?
梅村さん
そう。で実は17年間、一つのところも壊れてないんです。
すごいでしょ。
大庭
そしていよいよ販売へ。宮崎のご当地グルメ肉巻きおにぎり。その魅力とは一体
何なのでしょうか。
梅村さん
すごい画期的な食べ物なんです。これご飯にお肉が巻かれてオーブン
で焼かれてますけど、ビタミンもすごい。油で揚げてもないし、油一切
使わないし、豚肉は牛肉よりもビタミンB12が10倍以上ありますし
すごくタンパク質を取るにはとても良いので。
大庭
しかしオーストラリアではまだ知られていなかった肉巻き
おにぎり。それを売るのは決して簡単なことではありませんでした。
梅村さん
最初まったく売れなかった。どうしようと思うぐらい。だって、そりゃそうですよね。
多分オーストラリアとは限らず、どこの国でも見たことも聞いたことも
食べたこともないもの売られたって、誰も食べないですよね。なので
最初全然売れなくて。まいったなぁと困って。こんな移動販売車まで作っ
ちゃって。家帰れないんですよ。顔向けできなくて。パブて一人でビール
飲みながら「これ、まいったなぁ」と思って。でも子供二人いるし、家族支え
なきゃダメなんで。何か諦めなかった。その時点だったんですよね。その頃
からなんかこう、リピーターが増えるようになって。そっからです。8ヶ月
ぐらいしてぐらいのかな。売ってから、販売してから。マーケットがすごく好調になってきて。
大庭
ビジネスは少しずつ軌道に乗り、リピーターも増えていき
ました。さらにブリスベンに肉巻きおにぎりの店舗を構えることにも成功
しました。10年間店を続けた後、現在は原点であるフードトラックに絞り
活動を続けています。これ以上ビジネスを広げる予定はないと言いますが
梅村さんと同じ志を持ち、肉巻きおにぎりの魅力を伝えてくれる人が
現れれば協力をすると話します。
梅村さん
とにかく僕と同じ志を持つ人が現れたらいいなっていうのは結構思ってる。
僕の力ではもうやられるつもりはない。誰かがやってくれるのであれば
それを協力したい、全面的に。っていうのは、誰か、もしそんな人が来て
くれたら、ぜひ教えてあげるし、諦めなければ僕は肉巻御殿ができたし
家ができたんです、それで。
大庭
肉巻おにぎりに対する情熱っていうのはどこから来てるん
ですか?
梅村さん
それはね家族ですかね。ちょっと遅かったという、34歳でそんな勇気を
振り絞って、こんなことしてきたので、絶対失敗できないんです。チャレンジした
けどそれを諦めないでやったおかげで、家族が支えられた、助けられ
たというか、今はおかげさまで何か食べに行きたいと言っても多分
いけます。家族を連れてそんな贅沢はしてないんですけど。
大庭
今年で17年目ですけど、今後の目標だったり夢だったりありますか?
梅村さん
なるべく健康を保って今の僕の本当についてきてくれるお客様
にそれはその人たちはその友達を呼んでくれるんです。その友達がまた
その友達を呼んでくれるんです。でも僕ができるのはそれぐらいなん
です。全然違うところに行ってまたチャレンジするっていうのはまだ話が
違う。僕がやってきたのは、たまたま歴史がついてきてくれたので。これ
はどこも一緒かもしれないですけども、人は人を呼ぶじゃないですか。
だから行列ができると、見たことないもの、なんか知らない何売ってるんだと
来ても、並んでくれてる人が説明してくれるんですね。今となっては。昔は
もう立ち止まりである僕はずっと声枯らして説明してたんですけど逆に
おかげさまで僕の今やってる範囲ではもう説明する必要がなくなったと
いうか、ほとんどが常連さんが説明してくれるので、新しい人も「じゃあ並ぼうか」って
並んでくれる。それがまた新しい新規のお客さんになってくるというか。
もちろんそれは好き嫌いがあるから、1回で来ない人もいるかもしれ
ないですけど。けどそうなので、僕は今後、今のお客様を大切にすること
をとりあえず今年の2026年はそれに集中しよう。健康に気を遣って
なるべくちゃんと休まずマーケット参加して打売っていこうと思っています。
大庭
今日はゴールドコーストでフードトラック肉巻きおにぎりを展開
する梅村昇志さんにお話を伺いました。現在は週2回、土曜日はパーム
ビーチマーケット日曜日はホタマーケットで出展しています。
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