なぜ日本では「旧正月」を広く祝わなくなったのか?

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Left: Hirochika Nakamaki, Honorary Professor at the National Museum of Ethnology and Special Director of the Suita City Museum, Centre: Kumiko Ho, from Itoman City, Okinawa Prefecture, Top right: Yukino Matsumoto, from Amami Ōshima, Kagoshima / Getty Images Source: Getty / Getty image / 千里文化財団

アジア文化圏にありながら、なぜ日本では旧正月を祝う習慣が、ほとんど見られなくなったのでしょうか?暦文化に詳しい専門家の解説に加え、現在も旧正月を祝う風習が残る沖縄や奄美大島ご出身の方から、地域に根付く独自の正月文化についてお話を聞きました。


今年の旧正月は2月17日(火)。中国や韓国、ベトナムなどアジア文化圏で、旧正月は一年で最も大切な行事のひとつです。家族や親族が食事を囲んで新年を迎え、街には赤いランタンが飾られ、ライオンダンスや花火があがりお祝いムードに包まれます。

一方、日本では旧正月を祝う習慣は、ほとんど見られなくなりました。なぜ同じアジアにありながら、日本は旧正月を祝わなくなったのでしょうか?

その背景には、1873年に明治政府が行った「改暦」という決断がありました。

暦文化に詳しい国立民族学博物館名誉教授で、吹田市立博物館特別館長を務める中牧弘允氏は、西洋の太陽暦(グレゴリオ暦)(注1)を採用するということは、日本が中国文明圏から脱却し、近代国家としての針路を示す政治的な決断であったと話します。

(注1)太陽暦(グレゴリオ暦)…太陽の運行に基づいた暦法。1582年に制定されて以来、ヨーロッパを中心に多くの国々で採用されていました。「旧暦」に対し「新暦」ともいいます。日本では、明治の改暦まで使われていた太陰太陽暦を一般に「旧暦」といいます。

明治の新政府が文明開化を標榜して、西洋に「追いつけ、追い越せ」というような格好で様々な政策を進めていったわけです。 外交的にも、また国内の統一という面でも、西洋の文明に転換するという「脱亜入欧」という意味合いもあったわけです。改暦はその象徴的なものと考えることもできます
中牧弘允氏 国立民族学博物館名誉教授・吹田市立博物館特別館長

新暦に基づく正月が広く定着していく中で、旧正月は次第に廃れていきました。しかし、沖縄県や奄美大島など、南西諸島の一部の地域では、現在も旧正月を祝う風習が息づいていることで知られています。

Itoman
漁業の盛んな地域として知られる沖縄・糸満市の漁港では、縁起物の色鮮やかな大漁旗を掲げ、旧正月を祝います。正月料理は、豚肉、昆布、かまぼこなどが詰め合わされた重箱料理をはじめ、豚の内蔵で作る中味汁や、田芋を甘く煮たタンーム田楽などがあります。 Credit: ©OCVB
やっぱり正月が来たっていうのは旧正月ですね。糸満の漁港では、漁船に大漁祈願の旗が上がるんです。県内のいろんなところから取材が来たり、人が見に来たりします。
沖縄・糸満市出身のホー紅美子
奄美の正月料理「三献」@日高圭那子.jpeg
奄美地域に根付く正月料理「三献」。餅入りの吸い物の赤椀、鶏肉もしくは豚肉の吸い物の黒椀、刺身の三つの料理から構成される。 Credit: Provided by Kanako Hidaka
奄美では「三献」っていうお正月のお祝いの料理があるんですよ。無病息災だとか、家庭の繁栄と家族の絆を深めるっていう意味があるみたいです。
奄美大島出身の松元由紀乃さん

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